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【スペシャルインタビュー】日本におけるパッシブハウスの先駆者・森みわさん
タナカホームの新社屋「ameterrace(アメテラス)」の完成を記念して、設計を担当していただいた森みわさんにインタビュー取材をさせていただきました。
この記事では、日本におけるパッシブハウスの先駆者として活動してきた森さんの視点から、ドイツで出会ったパッシブハウスの価値や魅力、「ameterrace」のデザインや機能、タナカホームの家づくりなどについて、さまざまなお話を紐解いていきます。

<森みわさん プロフィール>
キーアーキテクツ株式会社 代表取締役/パッシブハウス・ジャパン(PHJ)代表理事
1977年生まれ、東京都出身。横浜国立大学 工学部 建設学科在学中に国費留学でドイツのシュツットガルト大学で建築・都市計画を学び、Diploma(修士相当)取得。ドイツの建築事務所で働く中でパッシブハウスと出会い、帰国後、キーアーキテクツ株式会社を設立する。
ドイツの建築、そしてパッシブハウスとの出会い

-森さんが本場・ドイツでパッシブハウスに出会うまでのお話を聞かせていただけますか。
森さん パッシブハウスと出会ったのはドイツですが、ドイツに行った理由はパッシブハウスとは関係なかったんです。私は1995年頃まで横浜国立大学工学部建築学科の研究室で構造設計を学びました。ただ、元々は意匠、つまりデザインが好きで、最初は意匠の研究室に籍を置いていたんです。
当時、日本の建築の世界では、意匠は意匠、構造は構造、環境は環境と、分野が分断されていて、どこか「意匠が一番偉い」みたいな空気があったんです。学生や先生方とデザインについて議論するとき、工学の視点がごっそり抜け落ちていると感じていました。そんなこともあって、意匠の研究室から離れて同じ大学の構造系の研究室に移りました。
そこで卒論を書き終えたとき、先生から「あなたは意匠がやりたいんでしょう?ドイツに、デザインと構造が融合した面白い研究所があるよ」と言われ、ドイツのシュツットガルト大学のフライ・オットー教授の研究室を紹介されたんです。
-そこはどんな分野を研究する場所だったんですか。
森さん ケーブルネットや膜構造、有機的な形に構造的合理性を見いだす研究をしていました。今思えば、これが大きなターニングポイントでした。
-この時点ではまだ、住宅も、パッシブハウスも関係なさそうですよね
森さん そうですね。でも、大学時代から環境問題の本をたくさん読んでいて、成功事例の多くがドイツだということが気になっていて。市民の合意形成から行政、政策までがスムーズに良い方向へ動いていく……そんなドイツという国に、純粋な興味がありました。ドイツ語は全然できなかったけれど、これは運命かもしれない、と感じていました。
-実際、ドイツに行ってみて、いかがでしたか。
森さん ドイツでの授業は本当に衝撃的でした。構造の授業でも、環境の授業でも、最終課題は必ず「設計」なんです。構造研究室でも卒業に必要なのは卒業論文ではなく「卒業制作」でした。構造計算から導き出した数字を、どうデザインに落とし込むのか。そこまでやり切るんです。
-森さんが感じていた日本の建築の世界とはかなり違うみたいですね。
森さん そうですね。都市計画から建築まで、切れ目なく横断して学べるんです。その中で、省エネルギーや温熱環境に自然と触れるようになりました。卒業後は現地の設計事務所に就職し、コンペや詳細設計など、精力的に仕事をしていきました。詳細設計の仕事で50分の1のディテール図を描くと、ごまかしは効きません。そこで初めて、自分が断熱や温熱をまったく理解していないことに気づいたんです。
「内断熱はダメだ」「結露するから禁止だ」と言われても、最初は何のことかわからなかった。これは自分の中に、決定的に欠けている知識がある、と感じて、温熱のセミナーを片っ端から受けました。その中で出会ったのがパッシブハウスという考え方でした。
-ついにパッシブハウスと出会うわけですね
森さん はい。ドイツで暮らしていて気付いたことがあって。日本に一時帰国したときに実家がとにかく寒いんです。外気温がマイナス10〜15℃のドイツの方が、遥かに快適なんです。東京は5℃なのに、家の中はどうしてこんなに寒いんだろう……と。それがドイツの家づくり、そしてその基準となっているパッシブハウスを研究するきっかけになりました。
日本への帰国と、パッシブハウスへの挑戦

-日本に戻ろうと考えた理由は何だったんですか?
森さん 帰国のきっかけは、鎌倉で日本初のパッシブハウスを建てるというプロジェクトへの参加でした。ちょうど「日本に戻るか、このままヨーロッパに残るか」で悩んでいた時期でした。正直、居心地は圧倒的に向こうの方が良かったんですよね。でも、私は、日本から逃げてきたわけじゃないし、自分が見てきたものを、持ち帰りたかったんです。
鎌倉のプロジェクトと同時に出版の話もいただいて、『世界基準の「いい家」を建てる』という本(※)を出すことになりました。それで、向こうの仕事を辞めて、2009年に日本へ戻りました。
(※)PHP研究所 2009年刊
タナカホームとの出会い、社長・田中の強烈な第一印象
-タナカホームの社長、田中は2009年に森さんがつくった鎌倉のパッシブハウスを見て「衝撃を受けた」と語っていますが、実際に出会うまでに時間が空いていますよね。
森さん タナカホームの田中社長と初めてお会いしたのは2016年でした。岩手県の紫波町で開催したパッシブハウスジャパンの省エネ建築診断士セミナーにご兄弟でいらっしゃって。2日間のセミナーなのに宮崎からの移動時間の都合で、前泊・後泊三泊をかけて来ていただいたんですよね。初対面で「都城から来ました!」と聞いて、当時は宮崎のことも都城のことも知らなかったので、「都城ってどこだろう?」と、少し戸惑った記憶があります。でも、その熱心な姿勢が強烈に印象に残っていて。
-そんな出会いから約10年の時を経て、その都城で、日本最大級のパッシブハウスとなった「ameterrace」の設計を担当していただくことになったわけですが、森さんが感じているタナカホームの特徴とはどんなものなのでしょうか。
森さん 多くの工務店さんは、「注目されたい」「集客したい」という動機でパッシブハウスに手を出します。だから、フラッグシップ的な一棟を建てて終わってしまい、次が続かないケースがほとんどです。でもタナカホームさんは違った。
–以前掲載されたコラムでも触れていますが、実は、田中は以前からパッシブハウスには興味を持っていて、鎌倉のプロジェクトからパッシブハウス・ジャパンが発足した2010年の段階での加入も考えていました。でも、「先ずは自分たちで研究をして、技術を磨いてからだ」と考え、約6年の歳月を経てから森さんに会いに行ったんですよね。この点についてはどのように感じていましたか。
森さん タナカホームさんは最初から、「標準化しなければ意味がない」と考え、一棟目を建てた時点で、すでに二棟目、三棟目を見据えていました。それは全国的に見ても、かなり異色で、特別なことだと感じています。
住宅ではないパッシブハウス、「ameterrace」に込めた想い
-「パッシブハウス」というと住宅のイメージがありますが、パッシブハウス認定を前提として設計された社屋「ameterrace」の設計を手がけるに当たって、どんなことを考えていたのでしょうか。
森さん 私は住宅がつくれない人に、非住宅(オフィスや施設)をつくることはできないと思っています。住宅には、居心地やヒューマンスケール、そこで過ごす人への細やかな配慮がすべて詰まっている。だからこそ、住宅ができる人に、オフィスや学校のような非住宅をやってほしいと考えています。
-普通に考えたら、個人が生活する住宅に比べて、非住宅(オフィスや施設)の方が規模が大きく、つくるのも難しいと思う方も多いと思いますが、森さんから見たらそれは逆なんですね。
森さん そうですね。非住宅は、自分で家を建てないという選択をした人たちにも、その恩恵が届く建築です。働く場所、学ぶ場所で、暑さや寒さに苦しまずに、そこで過ごす時間の質を上げることができる。誰も置き去りにしないという意味で、非住宅はとても重要だと思っています。
地域に開かれた「ameterrace」の機能と、パッシブハウスの真価

-タナカホームとしても「ameterrace」は単なる社屋ではなく、地域に開かれた場所にしたいと考えて、森さんにデザインしていただきましたよね。
森さん はい。「ameterrace」をパッシブハウスとして設計したのは、単に企業のオフィスを省エネ建築でつくる試みではありません。元々、この敷地は地元の人たちが利用する体育館だったこともあって、タナカホームさんと一緒に目指したのは、いざというときに、地域の防災拠点にもなり得る場所でした。
-防災拠点がパッシブハウスであることの利点とは何なのでしょうか。

森さん 防災拠点は災害時でも多くの人が安心して休息できる場所である必要があります。元気な人が元気なままでいられて、助ける側に回れる場所でなければ成り立ちません。人のからだは、暑さや寒さにとても敏感です。
一般的に災害時の避難所になることが多いのは体育館ですが、体育館は人が長期間生活するようには設計されていません。あの温度環境の中で体調を崩す人がどれだけ多いか……そうではない選択肢としてパッシブハウスとして設計した非住宅が「ameterrace」なんです。

-住宅・非住宅を枠を超えて、森さんが大切にしている価値観とはなんでしょうか?
森さん 建築は、見た目だけじゃなく、人のからだと、時間と、暮らしを守るものだと思っています。その価値をかたちにできる方法、基準のひとつがパッシブハウスであると考えています。
-なるほど。それは、「ameterrace」だけじゃなく、タナカホームがご提案している住宅、すべてにも通じる価値観ですね。本日はありがとうございました。