読みもの
曽於市×タナカホーム「SOOcial Ring」プロジェクト #001
2026年春。プロジェクト始動

2026年春。鹿児島県曽於市とタナカホームが共同で挑む新たなプロジェクトがスタートしました。その名は「SOOcial Ring(ソーシャルリング)」。日本初となる「パッシブハウスの条件を満たした市営住宅」をつくりあげる試みです。因みにこの名前は「曽於(そお=SOO)」と「Social」の掛け合わせから付けられたものです。
2028年度の竣工を目指し、このほど、曽於市とタナカホームとの間で調印式が行われました。
この先、完成までに約2年間。さらにその先の展開や運営などを視野に入れると、長期にわたるプロジェクトですが、今後、このコラムでその活動をお知らせしていきたいと思っています。
プロジェクトのはじまりは「ameterrace」

事の発端は、2025年11月。タナカホームの新社屋であり、建築家・森みわさんとともにつくり上げた日本最大の非住宅パッシブハウスとなった「ameterrace(アメテラス)」が竣工したことでした。
ありがたいことに、アメテラスが社会に与えたインパクトは想像以上のもので、竣工以来、高い注目を集め、メディアにも多数掲載していただき、住宅・建築業界はもちろん、さまざまな方々が視察に訪れるようになりました。

そんな状況の中、タナカホームに声をかけてくださったのが、都城市の近隣に位置する鹿児島県曽於市のまちづくり推進課でした。
「まったく新しい市営住宅をつくるプロジェクトがあります。ameterraceをつくったタナカホームさんにも、ぜひプロポーザル(競合提案)に参加してほしい」
そんなご要望をいただいたんです。
市営住宅とは、経済的・社会的に弱い立場にある人たちのための住まい。日頃、私たちがお客さまにおつくりしている注文住宅とは明らかに性格が異なる建物です。
こうしたプロジェクトに、果たして私たちが貢献することができるのか。また、隣町とは言え、よそ者である私たちが手を挙げることは正しいのか……そんな迷いがあったのは確かです。
一方で、ameterraceには、「一企業の社屋」という枠を超えて、地域に開かれた公園のような存在を目指し、災害時には避難場所としての機能も備えよう。そんな公共性を持たせたいという願いも込められていました。
だからこそ、曽於市のみなさんから共感をいただいたことも理解できました。
曽於市の取り組みに対する「迷い」と「共感」

曽於市の市営住宅の現状
現在の日本におけるパッシブハウス認定を受ける住宅は、一般的には「贅沢品」だと思われています。なぜなら、日本におけるパッシブハウスは、規格外の快適性と性能を追求した住宅性能基準だからです。
そんな「贅沢品」を公共性の高い市営住宅に応用すること自体、軋轢や反発が生まれることは容易に想像できました。しかし、それはあくまでも「今までのパッシブハウス」の話なんです。
私たちタナカホームは、この十数年の間に、独自工法「MeTAS」を編み出し、「買えるパッシブハウス」をつくり続けてきたという自負があります。同時に、光熱費の節約や、健康面・医療費面でのメリットなど、パッシブハウスがもたらす価値こそ、市営住宅にフィットするものだという予感もありました。
また、今回のプロジェクトは、いわゆる一般的な市営住宅とは少し仕組みが違います。通常であれば、市が発注して、施工会社が建てて、完成したら市が管理していくかたちになるわけですが、曽於市から提示されたのは「借上げ公営住宅」という制度。民間企業が建てて、その建物を曽於市が一定期間借り上げる、という仕組みです。
つまり、建物の所有者は民間企業側になります。この仕組みのメリットは、自治体として大きな財政負担を一度に抱えなくていいという点です。一方で、建てる側となる民間企業は、オーナーになるため、当然ながらコスト意識をしっかり持って建てることになる。
一見すればリスクが高く、参入をためらう要素にも見えますが、私たちから見ると非常に合理的で、「建てる責任」も明確です。また、人口減少に伴う財政的な課題も多い自治体の中で、より多くの市民に、よりよい暮らしを提供するという目的に対して、この視点はむしろ共感できる部分が大きかったんです。
「辞退」も視野に入れたタナカホームの提案
2025年12月初旬。さまざまな葛藤を抱えたまま、私たちは「これからの市営住宅、公共住宅に求められる価値とは何か」「そこでパッシブハウスが担える役割とは何か」を考えながら、「SOOcial Ring」と題した資料をまとめ、提案に臨みました。
ただし、その提案は「辞退すること」も視野に入れていました。
タナカホームの考えが、少しでもいいかたちで作用したら嬉しい。でも、やるのはタナカホームでなくてもいい。だから、生かせる要素は生かしてほしい……そんな矛盾した想いをはらみながら、それでも全力でプレゼンテーションさせていただきました。
予想に反した、「採択」という結果

結果が送られてきたのは2025年12月末のこと。曽於市からの通知を開封して、私たちは驚きました。そこには「タナカホームの計画を採択し、交渉を開始したい」という旨が書かれていたのです。
ここで素直に喜べればよかったのですが、正直、最初に出た言葉は「なぜ採択されたのだろうか?」でした。
心中に芽生えた複雑な気持ちを抱えながら、年末年始は、ずっと自問自答を繰り返していました。
このプロジェクトは、ビジネスとして見たら、安全でも効率的でもありません。なぜなら、建物を買い上げてもらえるわけでもなく、自分たちで建てて、20年かけて回収していくという前提があるからです。
葛藤の先に見えたもの
客観的に考えれば、企業として「やらない」という判断も十分あり得ると思います。でも、素直に「やらない」とは言いたくない、何か引っかかるフックのようなものがありました。
日本の住宅は、世界的に見てもまだまだ遅れている部分があります。海外ではすでに「社会的に厳しい環境にある人たちにこそ、高性能な住宅が必要だ」という考え方が広がっています。
暖かく、快適な住環境があることで、健康状態が改善したり、社会との関係性が変わったり、治安も改善される……そんなエビデンスも出ています。
つまり、性能面の向上とは、個人の「贅沢」ではなく、公共に資するものになる。
でも、日本ではまだ、その考え方や価値が十分に浸透していない。だったら、このプロジェクトを通して、世に問いかけてみたいと思ったんです。
市営住宅は、ある意味、住宅の中でも最も条件が厳しい存在です。「もしも、その市営住宅がパッシブハウスになったら何が起こるのか?」と。
そう。このプロジェクトには、日本の「住」の常識を根本から変える可能性がある。そのことに気付いた瞬間、私たちの葛藤は一気に晴れました。
そして、「住」に携わる者として、その先にある景色が見たくなったんです。
今、タナカホームが持っている技術や工法だけでは解決できない課題もたくさんあるでしょう。でも、このプロジェクトに挑むことで、新しい住まいのつくり方が生まれるはずです。
それはきっと、この先、一般のお客さまにも還元できる価値にもつながる。
そんな想いを胸に、私たちは動き出しました。設計にはameterraceを手がけた建築家・森みわさんを迎え、現在も曽於市との綿密なミーティングを重ねています。
自治体として地域と住民の未来を見据えて革新的な施策を打ち出した曽於市のみなさん。そこに、住まいの新しい在り方を見出したタナカホーム。
この巡り合わせが何を生み出すのか……不定期にはなりますが、この場で引き続きお伝えしていきますので、ぜひご覧いただければと思います。